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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)4673号 中間判決 1975年3月31日

中間判決

原告

桑増秀

外三四名

右原告等訴訟代理人弁護士

中坊公平

外一〇名

被告

日本ドリーム観光株式会社

右代表者代表取締役

松尾国三

右訴訟代理人弁護士

吉川大二郎

外四名

主文

本訴請求(昭和四七年四月一三日別紙目録(一)記載の建物の工事中の火災事故による損害賠償請求事件)につき被告に保安管理契約の債務不履行に基づく責任がある。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告は原告らに対しそれぞれ別紙請求債権目録<省略>記載の各金員及び右金員に対する昭和四七年五月一八日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二、被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  (当事者)被告は、不動産の賃貸、娯楽場の経営などを目的とする商事会社であるが、その所有に係る別紙目録(一)<省略>記載の建物(以下単に「千日ビル」という)の各階床部分を区分し、店舗用として小売業者に賃貸している。

原告らは被告から別紙目録(二)<省略>記載のどおり、右千日ビルの店舗用床部分を賃借し、什器備品を配して同目録記載の営業を営んでいた。

2  (火災の発生)昭和四七年五月一三日午後一〇時二七分ごろ訴外株式会社ニチイ(以下単に「ニチイ」という)賃借部分の千日ビル三階フトン売場附近から出火した電気工事中の火災によつて同ビルの二、三、四階内部が焼損した。(以下単に「本件火災」という)

3  (保安管理契約)原告らは被告から、後記日時の頃それぞれ別紙目録(二)記載のとおり店舗用床部分を賃借すると同時に、右賃貸借契約と共に被告との間に、被告は少くとも夜間(午後九時三〇分から午前九時三〇分までをいう。以下、特記しないかぎり、「夜間」とは右時間内を指す。)原告らの右店舗用什器備品及び商品を保全するとともに翌朝開店時には直ちに原告らの営業が開始できる状態を保持すべき旨の保安管理契約を締結した。

もつとも原告らのうち当事者目録番号1、2、4ないし、21、23、24、26ないし28、30ないし33及び35の者は昭和三三年一〇月頃被告(旧商号千土地興行株式会社)から賃借したものであるところ、被告の子会社である訴外千日デパート管理株式会社が昭和三八年六月まで前記保安管理業務を行つていた。そして昭和三八年七月からは被告が右訴外会社の業務一切を承継して直接保安管理業務を行つていた。

原告小堀(当事者目録番号25)同細江(同34)は昭和四二年四月頃原告後(同22)同鍋島(同29)は同年一〇月頃、原告北田(同3)は同四七年四月頃に被告から賃借したものである。

(一) 各店舗は、総て、障壁の設置が禁止された開放性店舗であり、独自の防火、防犯設備を設けることができず、スプリンクラー、消火栓、防火シャッター、出入口扉などの保安設備一切は、被告が設置し開業当初から昭和三八年六月ころまでは、その子会社である千日デパート管理株式会社が、同年七月以降は被告が保安員を雇用し、右諸設備を管理するとともに、千日ビル内の防災、防犯などの保安管理業務を行つていた。

(二) 夜間は、被告において保安員、電気係などを宿直させ、同人らが千日ビル内の保安管理業務を行うことを前提として、賃借人側の宿直は禁止されていた(店内規程一〇条四項参照)。

(三) 夜間、千日ビル内で賃借人の所有物件が盗難被害を受けた場合、被告が賃借人に対し遂行すべき保安管理業務に過誤があつたものとして被告がその賠償をしており、原告桑増秀も盗難被害に関し、金三〇万円の賠償を受けた。(被害総額三、七四三、五〇八円のうち三、三五〇、一八八円は保険によつて填補された)

(四) 原告らは被告に対し、被告が右保安管理業務を行う対価として、賃貸借契約に基づく賃料の他に、3.3平方メートル当り一ケ月金二、五〇〇円の割合の管理費を支払つていた。

(1) 千日ビルは、多数の賃借人が各賃借部分を使用して店舗営業を行ない、しかも全体として一つのショッピングセンターを構成するというものであつたため、ビル全体を有機的に維持、管理、運営していく必要があつた。そのために要する費用が共同管理費である。

(2) 右管理費には少くとも保安員の人件費が含まれており、保安員は夜間当直として千日ビルの警備にあたつていたのであつて、当直保安員がビルの警備にあたることはひいては賃借人らに代り、賃借人らの賃借部分をも警備することになつていたのであるから管理費と保安員の人件費との間には少くとも保安員が前記職務を行うという限度において対価関係があつた。そして、被告は昭和四七年三月頃保安員の人件費の増加を理由に共同管理費の値上げを原告らに申し入れていた。

以上(一)ないし(四)の事実によつても保安管理契約の存在は明らかである。

4  (債務不履行)被告は昭和四七年五月一三日前記保安管理契約に基づく左記義務(債務)の履行を怠り、ために本件火災により原告らに対し5項記載の損害を被らせた。

(一) 被告は、火災など不慮の事態の発生を未然に防止するため、

(1) 賃借人(テナント)が行う店内工事については工事の届書を提出させ、またそれによつて保安員をして工事関係者の入店をチェック(氏名、人員等を確認)させるべき義務がある。そして工事届の提出されていない工事を中止させる義務(債務)を負担している。しかるに、被告は、同日夜間ニチイから店内改装工事に伴う電気工事の届書がないまま工事人(業者)の入店を漫然と認めて千日ビル三・四階において電気工事を施行させ、また被告は、保安員による巡回に際し右工事の施行を現認しながらこれを中止させる等の措置をとらずさらに保安員による人店者のチェックも怠つた。

(2) 被告は防犯防火の保安上保安員をして夜間の店内工事に立会させ、工事人の工事等を監視すべき義務(債務)を負担している。しかるに被告はニチイの前記電気工事に際し保安員に右電気工事に立会をさせず、工事人の工事等に対する監督をつくさなかつた。(右電気工事にはニチイの立会者もいなかつた。)

(二) 被告は、万一火災が発生した場合に損害を最少限にくいとめ、かつ賃借人(原告)らの財産を保全するため、

(1) 保安員及び入店させた工事関係者に対し火災の通報、消火活動などのとるべき処置を周知徹底させておくべき(防火教育)義務(債務)を負担している。しかるに被告は右防火教育をつくさなかつた。そのため、工事人が本件火災を発見した際、火の高さ約七〇糎、巾約四〇糎にすぎず、直ちに消火活動を行えばその消火が可能であつたのに消火器及び消火栓の所在並びにその使用方法がわからず結局時期を逸して消火しえなかつた。

(2) 保安員をして、火災時の初期消火活動及び延焼防止活動をつくさすべき義務(債務)を負担している。しかるに本件火災をしつた保安員は出火場所である三階において初期消火活動により本件火災の消火が可能であつたのに、消火器(栓)の使用等の初期消火活動を全くせず、これを怠つた。また延焼防止の防火扇・区画シャッター等が各階に設けられていたから閉店時または火災発見時に直ちにこれらを閉鎖して延焼を防止すべきであつたのにその閉鎖を怠り、二階の防火ツターも閉鎖しなかつた。

(三) 被告は、保安管理業務を遂行するため、保安管理をつくすに足る保安員の人員を常に確保すべき義務(債務)を負つている。ところで、被告は、保安管理契約に基づき原告らに対し、夜間の宿直保安員を一日最低八名以上を配置することを約していた。そして千日デパート開設当時の保安は三〇名以上であつたから工事の立会、巡回等密度の高い保安管理がなされていた。しかるに被告は右義務(債務)を怠り、原告らの承諾もなく保安員を漸減させ、本件火災当時には保安員を夜間六名にまで減員させていた。そのうえ本件火災当日は休みの者があつたから、保安員四名にすぎなかつたのにその欠員の補充もしなかつた。そのため前記のような工事の立会・監督、初期消火、延焼防止等の保安業務の十分な遂行をなしえなかつたのである。

5  (損害)右火災によつて当事者目録番号25ないし32の原告らは、所有商品及び什器備品等の焼損による損害を、その余の原告らは所有商品等が煙害及び冠水をうけたことによる損害をそれぞれ別紙目録(三)記載のとおり被つた。

原告らは本件火災直後から被告と鋭意折衝を続けたが、被告はその責任が明白であるのに損害賠償に応じないので、原告らはやむなく原告代理人に本訴の提起を委任した。その弁護士報酬として前記損害金の一割に相当する金員の支払いを約したから、原告らは同額の損害を被つた。

6  よつて原告らは被告に対し債務不履行を原因として別紙請求債権目録の合計金欄記載の各金員及びこれに対する損害賠償を請求した日である昭和四七年五月一八日以降支払済に至るまで商事法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1項は別紙目録(二)の賃借坪数及び賃料額を除いてすべて認める。右賃借坪数及び賃料額は別紙目録(四)記載のとおりである。

2  同2項は認める。

3  同3項のうち保安管理契約を締結したとの点は否認。訴外千日デパート管理株式会社が昭和三八年六月まで保安管理業務を行つていたこと及び同年七月被告が右訴外会社の業務一切を承継したことは認める。

(一) の保安設備を被告が設置し、昭和三八年六月ころまでは千日デパート管理株式会社が、同年七月以降は被告が保安員を雇用して、保安設備を管理し、千日ビル内の保安管理業務を行なつていたこと、(二)のうち、夜間は被告において、保安員、電気係を宿直させていたこと、店内規定一〇条四項に「千日デパート内の居住はお断りします。当方にて宿直させますから賃借人側の宿直は遠慮して下さい。」との規定が存すること、(三)のうち、原告桑増秀が盗難被害をうけた際、桑からの要請により被告がその被害額三、七四三、五〇八円のうちの一部三〇万円の填補をなしたこと、(四)のうち、被告が一ケ月3.3平方メートル当り金二、五〇〇円の管理費(電灯電力費、水道費、冷暖房費等のいわめる共益費用)を受取つていたこと及び(四)の(1)の事実並びに管理費に保安員の人件費が含まれており、管理費と安保員の人件費との間に原告主張の対価関係があることはいずれも認めるが、これらが原告、被告間における保安管理契約に基くものであつたの主張は全面的に争う。

なお、(一)のうちの各店舗は独自の防火、防犯設備を設けることができずとの点については、被告において、各賃借人が防火、防犯設備を設けることを禁止したことは一度もない。各店舗において、ショーケースには施錠するとか、高価品は金庫に収納する等それぞれに商品の管理がなされていたのであり、防火においても消火器の設置等は賃借人側で十分なし得る事柄であつた。(三)については、原告桑に対し三〇万円を填補したほか昭和四六年一〇月三日の盗難(深夜保安員の巡回の間隙に窓から侵入)被害について原告山本寿ほか四名に被害の補償を行つたことがある。それは警備が万全であつたとはいいえなかつたためである。しかしいずれも保安管理契約に基づく支払いではない。原告桑については盗難被害額が多額であつたこと、被告の保安員が警備中の夜間の盗難事故であつたこと及び原告桑から一部でも被告において負担してほしいとの強い申し入れがあつたこと等から円満解決のため合意に基づいて支払つたのであり、盗難事故があれば被害額を補償するというような予めの補償契約に基づく支払いではなく、また被告に過失があつたとして賠償したものでもない。

被告の保安員は被告が独自に行う千日ビル全体の維持、管理、運営の一環として、夜間は当直をし、千日ビルの警備にあたつていたものであつて、原告らが管理費を支払つていたことから直ちに原告ら個々の賃借人と被告との間に有償の保安管理契約があつたことにはならず、管理費と保安員の人件費との間に対価関係があることは各賃借人の賃借店舗部分を被告が管理すべき義務、しかも本件火災について結果責任を問いうるような管理義務が生ずる保安管理契約の存在を意味するものではない。

4  同4項の債務不履行の事実は否認。ニチイの電気工事についてはニチイの電気工事を請負つた株式会社大村電気商会から被告に対して工事願い書が提出されており、それによつて被告の保安員山本博次が工事人の入店をチェックしていたのであり、本件火災は後記抗弁の項に記載のとおり被告にとつては不可抗力でありその損害についてはニチイが責を負うことあるは格別、被告に賠償責任はない。

5  同5項(損害)のうち焼損及び冠水があつたこと並びに原告らと被告間に折衝を続けたことは認める。その余の事実は不知。

6  同6項は争う。

三、仮定抗弁

仮に保安管理契約があつたとしても被告は債務の本旨に従つた履行をしており、本件火災による損害は被告の責に帰すべからざる事由によつて生じたものである。

1  (本件火災の概況)(一)ニチイは昭和四七年五月九日、千日ビル三、四階にあるニチイの店舗部分の改装工事にとりかかつた、その一環として、電気配線増設工事を訴外株式会社大村電機商会に請負せ、同月一三日夜、大村電機商会現場監督河島慶治は訴外福山電工社の工員四名を使用して、同三階の電気配管工事を行なつていた。当夜、河島は工員福山と高島屋上でビール大ジョッキ二杯を飲んだ後、午後九時三〇分頃電気工事現場に戻つてきた。右電気配管工事が続けられている間、河島は三階北東のニチイ婦人服売場辺りを排徊しながら煙草をすい、その際火のついたマツチの軸を附近に投棄した。

(二) 同日午後一〇時二七分ごろ右マッチの軸火が繊維商品に燃え移り、燃焼を始めた。

(三) 同三〇分ごろ作業員が高さ約七〇センチメートル、巾約四〇セントメートルの赤黒い炎に気づき、すぐ同僚や河島に伝え、消火にあたろうとしたが、消火器の所在を確認していなかつたため、いたずらにうろたえるばかりであつた。

(四) 同三七分三〇秒、河島は同階西側階段付近の火災報知器のボタンを押した。被告の保安員係長外山は、一階保安室で右警報を認知するや、直ちに確認のため、右保安室を飛び出し一階の階段に至つたところ二階から「三階が火事だ、火事だ。」と叫びながら駆け降りてきた河島から三階で火災が発生したことを聞かされ直ちた保安室にとつて返し、巡回から帰つたばかりの保安員森、菊地両名に三階火災現場の確認、消火方を指示し、自らは保安室より一一九番で消防署に火災の通報をしたのである。(その時刻は後記(五))森、菊地両名は巡回から帰つたばかり(午後九時から午後一〇時三五分まで巡回を行つていた)であつたが、外山から右指示をうけるや、直ちに保安室を出てD階段を駆け上り、三階の火災現場に至り福山電工の工員らと共に消火器、消火栓を用いて消火にあたろうとしたが、既に火勢が強く、加えて多量の煙、ガスが全体に充満しており、最早手のつけられない状況であつた。火勢は三階中央のエスカレーター連絡口から四階へ、二階へと煙、ガスと共に急速に拡がりつつあつた。

(五) 同四〇分、保安係長外山は前記の如く一一九番で消防署に火災を通報した。

(六) 同四三分ごろ最初の消防車が到着。

(七) その後、消防車が相次いで到着、消火救助活動が行われたが、火勢はますます強まり、加えて多量に発生した有毒ガスのため現場に立入ることができず、一階への延焼防止と建物の外側からの放水作業が続けられ、翌一四日午前五時四三分火勢は漸やく鎮り、同日夕刻鎮火した。そして、千日ビルはこの火災によつて著しい損傷をうけ滅失したのである。

2  (賃借人の行う店内改装工事とその管理、監督について)

(一) ところで、賃借人が当該賃借部分において店内工事を行なう場合には事前に工事期間、工事の内容等について、賃借人から被告に対して連絡があり、被告はその際、保安管理の点につき注意を与えた上で、賃借人が工事にかかることを認めていたのである。賃借人は被告から前記の如き注意をうけたうえ、実際の工事を行なうに際しては、賃借人自らが立会い、監督員を出して工事の管理、監督を行なつていたのである。工事が夜間に亘る場合もあつたが、かかる場合においては賃借人の立会い、監督に加えて被告の保安員が巡回(定時巡回として保安員二名一組が午後九時三〇分から一時間、その後も翌朝までに三回巡回することになつていた。)の際に工事現場を回り、保安上問題はないか等の点検を行ない、問題があればその都度注意していたのである。被告の行なう保安管理ということからすれば、賃借人の行なう店内工事の管理方法としては右で十分であつたのであり、またかかる管理方法のもとで、事故は皆無であつた。

(二) 本件火災の原因は店内工事人のタバコの火の不始末にあるが、右の工事は賃借人であるニチイが自らの賃借部分において行なつていたものである。ところで、ニチイが本件工事にかかる前に、被告はニチイの本件工事の各責任者(勿論河島も含まれていた)を集めて打合会を行い。同席上において保安管理の点も十分注意し、さらには工事について注意すべき点を要望書にしてニチイに手渡したのであつた。

右要望書には保安管理上、注意すべき事項も掲げられていたがその中に「防火、防災上より工事中の喫煙については、所定の場所を定め、予め水の入つた大きな容器を用意すること」という一項目が明記されていたのである。勿論、実際の工事の管理監督はニチイが行なつていたものであるが、被告としても保安管理の万全を期して、ニチイが本件工事にかかる前にニチイおよび工事関係者に対して前記のとおりの注意を与え、工事が夜間に亘る場合には、被告の保安員が巡回の際に工事現場を回り、保安上問題はないか点検していたのであつた。本件火災のあつた一三日当夜も、被告の保安員森、菊地両名が閉店後の絞り出し巡回の際、ニチイの工事現場で工員達に会い、火気には十分注意するよういつていたのである。(その時刻は午後九時三七、八分)。勿論実際の工事の管理、監督はニチイの方で行なうべきであつた。ニチイの三、四階に対する管理は排他的、独占的であつたから工事の立会及び工事人に対する防火教育はニチイがすべきであつたし、本件火災当日ニチイの中村昇一及び田中哲が工事に立会い、同人らが退店してからは前記河島及び福山が工事に立会つていたのである。

右の如くして、ニチイの店内工事は行なわれていたのである。ところが、五月一三日当夜、被告の保安員が工事現場を回つて火気の注意をして後、四〇分も経つていない時刻すなわち同日午後一〇時二七分ごろ、工事現場附近において前記の火災が発生したのであつた。

3  (被告保安員のとつた具体的措置について)

三階で火災が発生して約一〇分後の午後一〇時三七分三〇秒一階保安室に居た被告の保安員外山、森、菊地は火災報知機の警報を認知し、初めて火災の発生を知つたのである。その時森、菊地は定時巡回から帰つたばかりであつた。

右警報は河島が三階西側階段附近の火災報知機のポタンを押したものであつた。作業員らは同一〇時三〇分ごろ火災発生に気づきながら狼狽して徒らに時間を費やし、右時刻になつて初めて、河島が火災報知機を押したのである。右警報を認知するや、前記1(四)で述べた如く、まず、保安係長外山が直ちに確認のため保安室を飛び出し、一階D階段で、二階から「三階が火事だ火事だ。」と叫びながら降りてくる河島に出会い、同人から三階で火災が発生していることを聞かされ直ちに、保安室にとつて返し、巡回から帰つたばかりではあつたが、森、菊地両名に三階火災現場の確認、消火方を指示、自らは直ちに一一九番で消防著に火災の通報をしたのであつた。森、菊地は巡回から帰つたばかり(午後九時から午後一〇時三五分まで巡回を行なつていた)であつたが、外山から右指示をうけるや、森そして菊地と保安室を飛び出てD階段を駆け上つたのであつた。森はD階段を駆け上る途中、二階から三階への踊り場附近で福山電工の工員二名に出会い、工員らから「おつちやん、消火器はどないして使うんや」と聞かれるやこれらの工員を引き連れて、三階へ駆け上り、三階店内入口に至つたのである。店内を見渡した時、三階はすでに中央エスカレーター附近から東方一面に炎、煙が充満し、これが西側すなわち森達が駆け上つてきて今立つている方へと急激に広がつてきていたのである。ところが森は床上五〇センチメートルあたりはまだ煙が降りていなかつたことを認めるや、火元の確認と消火器の使用による消火が咄嗟に脳裡にひらめき、工員を後ろに従え煙の下を這いながら東方へと進んだのである。森らは辛じて中央エスカレーター横にある消火器のところまでたどり着き、その場で森は工員二人に消火器の使用を教え(この時消火器の安全弁はすでに取りはずされていた。おそらく火災発生直後、これに気ついた作業員らが消火器の使用を試みたのであろう。なお、後日の検証でこの消火器は放出されていないことが判明した。おそらく工員二人は消火作業にかかる前に充満してくる炎や有毒ガスにいたたまれなくなつて、その場から避難したものであろう)。

自らは火元の確認と消火栓の使用による消火を企図し、さらに炎、煙の下を這いながら東方へと進みかけたのであるが、火勢はますます強くなつてきており、一面が赤黒くよどんできていたのであつた。火元すら確認できなかつたのであるが、最早手の施しようのない状態となつていたため森はその場での活動を断念し、元きた道を這つてその場を逃がれたのであつた。(炎、煙に加え化学繊維製品から多量の有毒ガスが発生していたのであつて――これは後日判明したことであるが――それ以上の逡巡はおそらく死を意味したであろう)。森に続いてD階段を上つた菊地は、森のあとをすぐ追つたのであつたが、菊地が階段を駆け上つて三階店内を見渡した時はすでに一面に赤黒く炎、煙が充満しており、人影を見出すこともできなかつたのである。同人も最早手の施しようのない状況であると知り、直ちに階段を駆け降りてまず、地下階の電気、機械の室直者に三階での火災の発生を知らせ、続いて外山の一一九番の通報で到着した消防隊の店内誘導のため正面玄関のシャッター開扉へと走つたのであつた。三階から駆け降りて来た森も続いて消防誘導のため正面玄関へと走つたのであるが、その頃にはすでに一階店内にも煙が漂い出していたのであつた。

森、菊地はシャッターを開扉して消防隊の店内誘導をはかるとともに、さらに森は自ら一階の消火栓からホースを引つ張り出し、三階から二階へさらに一階へとふり落ちてくる火の紛を消しとめんものと放水したのであつた。

4  (被告の責任について)

以上記述したとおり、本件火災の原因は賃借人であるニチイの店内工事人のタバコの火の不始末にあるが、その工事はニチイにおいて管理、監督していたものであつた。被告においても事前に要望書まで手渡してその工事の保安管理上の万全を期し、さらに当夜も被告の当直保安員が巡回の際(午後九時三七、八分であるから火災が発生する約四〇分程前であつた)工事人に対して火気には十分注意するよう念押しをしているのである。また火災発生を知つて後、被告の当直保安員がとつた行動は、前述した如くかかる極限状態においては可能な限りのものであつたのである。(保安員が火災発生を知つて三階へ駆け上つた時にはすでに、三階には炎、煙、ガスが充満し、それが四階へさらに二階へと広がりつつあつたのであつて、当直保安員らに対し、前記活動以上に三階消火栓の使用による消火防火区画シャッターの閉鎖、エスカレーターシヤッターの閉鎖を要求することは不可能を強いるものであり、まさに死ねというに等しいものであつた)。以上詳述したところからして、本件火災の発生、その延焼について被告には責めらるべき点は何ら存しない。

四、抗弁の認否及び反論

1、抗弁事実中、本件火災が河島を含む工事関係者の工事中のタバコの火の不始末に起因することは認める。

本件火災の発生、延焼について、被告に責任がない旨の主張はすべて争う。

2(一)  千日ビル三階に対するニチイの管理は独占排他的ではなく、三階には原告らのうち三名(当事者目録番号303132)の店舗があり、被告は少くとも右三名の店舗に対する保安管理業務を履行しなければならなかつたのである。

(二)  三、四階の保安管理はニチイガその業務(工事の立会、工事人に対する防火教育等)を行うべきであつたとしても、ニチイは被告の原告らに対する保安管理義務の履行補助者ないし代行者であるにすぎない。そして出火は河島ら工事関係者の工事中のタバコの火の不始末が原因であるから右不始末はニチイの不始末であり、被告の不始末にほかならない。

(三)  被告はニチイが保安管理業務を行うについては工事の立会及び工事人に対する防火教育をつくしているかどうかを監督し、確認すべき義務がある。しかるに被告は右義務すら怠つている。

第三  証拠<略>

理由

一請求原因1は、別紙目録(二)の賃借坪数及び賃料額を除き、当事者間に争いがない。右坪数及び賃料額については、その確定は被告の賠償責任の有無については必要がないからしばらく措くこととするが少くとも別紙目録(四)記載の限度においては被告において認めるところである。

次に、請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで保安管理契約の存否について判断する。

1  原告らが被告からそれぞれ店舗用床部分を賃借していること、被告(千日デパート管理株式会社を含む)が千日ビル内の保安管理業務を行つていたこと、夜間被告の保安員は原告らの賃借部分をも含む千日ビルを警備し、宿直していたこと、原告らが被告に対し賃料のほかに賃借部分3.3平方メートル当り一か月金二、五〇〇円の割合による管理費を支払つていたこと、その管理費の一部が被告の保安員の人件費に計上され、保安員が右夜間の警備を行いその限度で管理費と保安員の人件費との間に対価関係があること並びに被告が原告桑に対し被告の保安員が警備中の夜間の盗難事故の損害に関して金三〇万円を填補している(その趣旨については争いがある)ことは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第二号証(賃貸借契約証書)及び同号証と同趣旨の契約書が原告桑以外の原告らと被告との間にかわされていることは当事者間争いがない事実並びに株式会社フミヤ代表者進藤文司の供述を総合すれば、賃貸借に際し、被告は原告らとの間に建物管理上緊急の必要性があるときは原告らの承諾なしに賃借部分に立入り、必要な措置を講ずることができ(七条参照)原告らは被告の書面による承諾がなければ賃借部分を居住用に供し又は宿直員として宿泊せしめ(若くは該部分の電気装置、瓦斯水道施設等を新設変更撤去し)てはならない(八条(ハ)及び(ホ)参照)こと被告(千日デパート管理株式会社も含む)の定める館内規定を遵守すること(二条参照)を約していることかつ千日デパート開店以来本件火災に至るまで被告は賃借人らに千日ビルの夜間居住を許容した例がないことが認められる。右認定を覆えすに足る証拠はない。

そして夜間における宿直はすべて被告の保安員がこれを行つていたことは当事者間に争いがなく、右は前記賃貸借契約証書七、八条の約定に対応してされたものと推認されるからこれは結局原告らの宿直を禁止し被告の保安員が宿直するという限度において、前記七、八条の約定に対応して被告が原告らの賃借部分の夜間の管理について責任を負う旨を約していたこと、つまり保安管理契約の存在を推測せしめる事情の一つである。

3  <証拠>を総合すれば、原告らが支払つている管理費は(一)建物の維持補修のための保全管理費、(二)清掃関係の衛生管理費、(三)エレベーター・エスカレーター関係の磯能管理費のほか、(四)盗難・火災防止のため、保安員の配置等に要する保安管理費(保安員の人件費等)を含むものであること及びこの管理費は賃料とは別個に坪当りの単価を定めて管理費を計算したうえ共同管理費名義で支払われ又は一部(原告鍋島、同細江)資料にくみ入れて支払われていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで被告は管理費の支払いがあることは保安管理契約があることを意味するものではない旨主張する。そこで賃料と管理費の関係を理論的にみるに、ビルの賃貸人は賃貸借契約上賃借人がビルを使用収益できるように、ビルを維持管理しなければならないところ、それに必要な維持管理費は必要諸経費として当然賃料のなかに計上することができる。しかし賃料のなかに当然計上されるべき必要諸経費(公租公課、減価償却費管理費等)はビルの賃貸借を継続するために通常必要とされる諸経費をさすと解されるところ、前記認定の(一)保全管理費、(二)衛生管理費、(三)機能管理費、(四)保安管理費のうち(一)保全管理費は必要経費として賃料にくみ入れるべく、その余の管理費は当然に賃料にくみ入れらるべきものではない。けだし建物の保存維持(修理)のための(一)保全管理費は即物的であり賃貸借を継続するための必要経費であるといいうるけれども、その余の(二)ないし(四)の管理費はサービス的であり、賃貸借を継続するために通常必要とされる経費であるとはいいえないからである。してみるとその余の管理費((二)衛生管理費、(三)機能管理費、(四)保安管理費)の支払いが賃料外に別に支払われているということは賃貸契約とは別個の管理契約(本件においては保安管理契約)又は賃貸借契約に附随する保安管理契約があることを推認せしめる事情の一つであるということができる。

もつとも前記(一)乃至(四)の管理費は全部を賃料にくみ入れることも可能である。けだし賃料に計上されるべき必要諸経費というのはビルのもつ機能を適切に発揮させるために必要な経費であると考えうるからである。ビルは、エレベーターが動き照明を明るく、適度の暖冷房・空調をし、防火防犯をしていてこそ始めて貸店舗デパート等目的に照らしてその機能を十分適切に発揮しうるのであり、賃借人はそのように整備された環境を享受することを意識して賃借するのであるから前記サービス的管理費(衛生、機能、保安の各管理費)を賃料の一部であるといつて妨げないことになる。ビルの賃貸借をこのようにみればビルの機能を発揮させる費用は共同管理費、共益費、附加使用料(個人費用の明らかなものを除く)等名目上の違いはあつても賃料に含めて算出するということができる。

仮にこのような後者の考え方をとれば賃貸借契約のほかに管理契約を独立に認める必要はなくなるであろう(事案によつてはそのように認めてよいときもあろう)がこのように考えるならば、本件においてはビルの適切な機能の発揮を一つの内容とする賃貸借契約の債務不履行という構成が可能である。(請求原因中の保安管理契約の主張は右のような構成をすることを包含するものと認められる)もつとも右は実質的に管理契約が賃貸借契約に附随しているということができるばかりでなく、本件においては原告らが管理費を支払つていること及びその管理費と保安員の人件費との間に対価関係があることは当事者間に争いがないうえ、その管理費は賃料とは別個に算出して支払つているのであるからこれは少くとも賃貸借契約に附随する保安管理契約があることを推認せしめる事情の一つであることに変りはないということができる。

4  <証拠>によれば、保安員の任務は被告の会社財産及び委託商品の安全管理並びに諸般の警備取締であつて、火災・盗難・災害等に対する保安上の予防監視に関する業務が中心である。そのため出入者の取締り(閉店後の入店者のチェック、閉店後の入店者に同行し立会すること等)開閉店時の出入口シャッターの開閉、防火扉の開閉、閉店後の店内巡視及び消灯・点灯は勿論残業店舗の警備、賃借人及び被告が行う店内諸工事等の立会い監視取締りの業務、商品の搬出入の監視のほか、車両整理、郵便物の整理、泥酔者・傷病者・遺失物・拾得物等に関する処理、警察・消防等の渉外業務、その他の保安一般に関する業務を司るものである。そして後記認定の昭和四七年二月の人件費の高騰等を理由とする共同管理費の値上げに際し、原告らを含む賃借人らは、管理費審査委員会を設立し、共同管理費中から支出される人件費等について職員の職務内容を審査することとし、被告に資料の提出を求めたところ、被告は同年五月頃職務分掌規程(甲第六号証参照)を提出してきた。そして管理費審査委員会においてこれを検討するまえに本件火災に至つたことが認められる。

もつとも昭和四二年頃から被告は賃借人が行う店内工事について保安員の立会を事実上省略することが多かつたことが認められるが、これをもつて保安員の本来の職務内容に変更が加えられたとまで認められない。

<証拠判断省略>

保安員の人件費と原告らが支払う管理費(一部)との間に対価関係があることに徴すれば、前記認定事実は、被告は、保安員の行う職務内容について、被告が自己の事業遂行に必要なものとしてその職責を定めていることのあるのは勿論であるが、同時に、共同管理費を支出している賃借人らとの関係においても防犯、防火等の関連については、少なくとも、保安管理に関する契約に基づく債務の履行としてこれを定めているものと推認させるものというべく(けだし、被告が自己の事業遂行に必要なものとして、独自の見地だけで定めているとしたならば職務内容の形態について説明することまでは必要ないであろう)、これは保安管理契約の存在及びその内容を推認させるものである。

5  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、<証拠判断省略>。もともと千日デパートは開放性店舗からなるショッピングセンターであるから夜間の店内工事については特に厳格な管理が必要とされるところであり、原告ら賃借人(ただし原告ら以外の者も含む)をもつて構成する松和会は昭和三三年一二月千日デパート開設当時から被告との間に各種の設備、賃借人の充実などの項目とともに保安管理に関する交渉も重ねて来た。その交渉の過程において被告は夜間における保安管理態勢の万全をとり、賃借人の残業及び店内工事について許可制をとり、工事には保安員を終始立会わせるということ等を約した。現に昭和三三年から同四〇年頃までは夜間工事全部に保安員が立会い、その立会いは保安員が工事現場に常駐するという密度の高いものであつた。そのため原告らは賃借部分3.3平方メートルにつき、金二、五〇〇円という高額の管理費を支払つていたし、被告は昭和三五、六年頃、同四二年頃及昭和四七年三月頃保安員の人件費等の高騰を理由に管理費の値上げの交渉をしていた。

右の事実は保安管理契約の存在及びその内容を推測させる事情の一つである。

6、原告桑の供述によれば、桑は昭和四七年二月四日夜間の盗難によつて総額三、七四五、五〇八円の被害を被つたが、盗難保険で填補された残金三九三、四二〇円のうち三〇万円につき被告から被害の弁償をうけたことが認められる(右盗難について金三〇万円填補されたことは当事者間に争いがない)それは被告の保安員による保安管理がなされていることを前提とし、その保安管理は被告独自のためばかりでないこと、つまり原告らの為の保安管理であることを推論させるものであり、したがつて右は保安管理契約の存在を推認させるのである。

7 以上1ないし6の事実関係によれば、被告が行つている千日ビルの保安管理は被告が独自に自己の建物を管理しているだけではなく、被告は賃借人らの夜間の居住・管理を禁じ、その代りに原告(賃借人)らに対し夜間の保安管理の万全を約し、保安員を宿直させて賃借人の為に(他人の物を)保安管理すべく、そのため高額の費用を徴する等しているのであるから、賃貸借契約と同時に少くともこれに附随して被告は原告らとの間にその主張の保安管理契約を締結したものと認めるのが相当である。

そして、右認定のような事情のもとにおいては保安員がする夜間の店内工事の立会・監督は被告が独自の立場でその保安員をして単に定時に巡回して警備させるという程度のものではなく、賃借人らとの間に結んだ保安管理契約に基づき防火防犯の目的を達しうる程度に常駐立会して、その責任を果すべきであり、しかも、その常駐立会は被告が当該店内工事を行う賃借人に対して負担する債務であるにとどまらず同時に、むしろ当該店内工事によつて他の賃借人らに対し損害を加えられることを防止すべきであつて、その意味では、当該店内工事を行う賃借人以外の賃借人に対して保安上負担する債務であると認めるのが相当である。

そして保安員がする店内工事の立会は賃借人らに対する関係で防火、防犯の目的をもつてさるべきことは前記のとおりである(念のため付言するに、保安員が同時に他の目的を兼ねて例えば店内工事が適正・妥当に行なわれるかどうかを監督する目的を兼ねることまで禁ずるものではない)。そして、今ここでは防犯の点は、暫く措き、本件で問題とされる防火の点について検討するに、保安員の立会による監督の態様も具体的事情に応じて適切に定められなければならない。その態様は保安員が只単に当該工事現場に所在して立ち会つているというに止らない。当該工事の周辺箇所に容易に点火し易い物件(油・繊維製品等)が存在するか又はその量はどうか、工事関係者が作業中防火に(とくに燐寸・煙草の火など)注意を払つているかどうかそれに対する注意又は指示・作業時間中作業現場又はその周辺に工事関係者以外の者がいるとき又は工事関係者と雖も用もなく徘徊するときには防火上格別の留意を払い、ときには適切な注意、指示を与える、特に当該工事が火気を伴い又は火気を発する可能性が濃いようなもののときには当該工事の具体的進行に注意を払い必要とあらば、万一に備えて消化器などを作業現場の周辺に予め配備しておくなど(本訴請求では関係ないが、開店時間中の工事においては更に厳しい注意が必要であろう)、防火更には消火について、万全の措置を講じて置くという意味での立会でなければならない。このようにして、火災は予防しうるし万一不幸にして、火災が発生しこれを発見したとしても、保安員は消火器、消火栓の所在・用法などをその職務上知悉しており直接自ら又は工事関係者をして適切に指揮命令又は助言をして火災に対し初期の消火活動を迅速かつ適切に行うことができるのであり、このようにして火災が重大化することは絶無に帰するといえよう。もちろん、かかる保安対策―特に防火のため万全の措置は通常否ほとんど全部無駄に帰するであろう。その意味では、防犯・防火の対策が無駄に帰することは圧倒的多数であり、その点において防火・防犯対策にこれが活用されないことを期するともいえるのであつて、事態が通常のままで推移するときには、最も無駄な対策(投資)とみられる典型の一つであり、したがつて、経費上最も削減し易い観のある部分であるが、他面万々が一に防犯・防火対策が効を奏したときを考えるときには最もゆるがせにできない、したがつて、最も対策を練つておかなければならない部分でもある。防犯・防火の保安というのは、ある意味では経費上最も無駄で、ある意味では経費上も最も有効、大切であるという二面性がある。この二面性のうちの前者のみに関心を奪われるときには―そして経済的にのみみるときには一般的には屡々陥入り易い魅力ともいえるのであり、後記のとおり本件でも被告は結果的にはこの魅力に陥入つたといわざるを得ないのである。

三つぎに保安管理委託契約の債務不履行について判断する。

1  本件火災が河島を含む工事関係者の工事中のタバコの火の不始未に起因するものであることは当事者間に争いがなく、他に格別の事情乃至証拠のない本件においては右を真実と認めるのが相当である。

2  <証拠>を総合すればつぎの事実が認められ、<証拠判断省略>。

(一)  千日ビルは旧歌舞伎座を増改築し、昭和三三年一二月から千日デパート(ショッピングセンター)として、開業した。開業当初は賃貸店舗よりも納入消化契約(被告が業者から商品の納入をうけ、これを買入れたうえ販売する一種の直営形式のもの)に基づく店舗が多かつた。昭和四二年頃殆ど大部分が賃貸店舗となり、被告の直営店は僅かとなつた。閉店時刻は開業当初午後一〇時であり、昭和四二年頃は午後九時三〇分、本件火災当時は午後九時であつた。

原告らは別紙目録(二)記載の頃それぞれ各床部分を賃借して店舗を設けている。その店舗は商品陳列台等によつて四囲をかこまれているが、障壁のない開放性の店舗である。

ニチイは被告から昭和四二年二月千日ビル四階全部を賃借し、同年九月三階全部を賃借した。(但し三階の一部には原告らのうち当事者目録番号303132の店舗があつた。)

(二)(1)  千日ビルのA、B、C、D、E、F各階段(別紙図面参照)には防火シャッター又は鉄扉の防火設備がある。エスカレーターには一階から三階までカバーシャッターの設備はない。しかし各階に防火区画シャッターの設備があり(いわゆるダルマという方式で施錠を上に起すと自重で下まで降りるというものであつた)この防火区画シャッターによつて各階を三又は四区画に区画することができ、エスカレーター廻りの防火区画シャッターによつて前記カバーシャッターの不足を補つている。F階段二階のシャッター一枚は故障しており数年来開放されたままであつた。地下一階C階段の防火シャッターは風防ガラスが右シャッターの降下ライン上に設置されているため閉鎖できない状況にあつた。

(2)  被告は普段は防火区画シャッターは閉鎖する必要がないと考え、閉店時に外廻り(階段廻り)部分の防火シャッター及び鉄扉を閉鎖するだけであつた。各階店舗の遮断を目的とする防火区画シャッターは閉店後も常時開放の状態にしていた。

又被告は保安員をして防火区画シャッターの開閉について、緊急時に備えて訓練をしたことはなく(僅かに二、三年に一回ずつ点検して稼働の有無を調べただけである)又右シャッターの閉鎖について全部のための所要時間などを調査せず火災時のシャッター閉鎖順位等について(保安員たちの間だけでも)全く検討を加えたこともなかつた。更には、夜間の消火訓練については、実際上は勿論机上においてもこれをしたことがなかつた。

(3)  各階に消火器、消火栓の消火設備がある。三階には消火器二二本、消火栓七本があり、スプリンクラーは地下と一階及び六階に設備されていた。

各階に火災報知機(押ボタン)の警報設備があつた。これらの消防設備は消防関係法令に規定されている基準以上に設置されていた。

(三)(1)  ニチイは三、四階の賃借部分の改築工事を計画し昭和四七年三月頃被告の承認をうけ、同年五月六日から準備工事を進めていた。その本工事は同月二二日から約一週間の予定であつた。

(2)  ニチイは電気工事株式会社大村電気商会(以下「大村電気商会」という)に請負わせ、右大村電気商会は福山電工社(福山勝)にこれを下請させて自己の社員河島慶治を現場監督として下請の監督に当らせた。

(3)  ところで店内工事については賃借人は工事の内容、日時、人員等を記載した工事届(通知書)を被告に提出すべき旨約されていたが、ニチイは右電気工事についての届書を提出していない。しかし、右河島からニチイの右工事は五月六日から同月二六日まで夜間工事となるので配慮願いたい旨の入店御願いと題する書面が被告に提出された。

右河島は業者として工事を計画通りに実施するため、現場にあつて福山らを指揮監督する責務があつた。ニチイ及び被告は河島の前記監督があれば保安上も十分であると考えており、他に特別な監督を考えていなかつた。

(四)  本件火災の前日(昭和四七年五月一二日)被告はニチイの前記改装工事に関しニチイ千日前店中野店長、同酒井総務課長らニチイの幹部及び工事施行の業者と合同の打合せの会合をもち、保安上の注意を与えた。右会合は主としてニチイの本工事に対処するための打合せであるが、被告は既に同年四月二九日付要望書によつて消防設備(シャッターラインを含む)の確保を要求したほか、工事中可能な限り各階段廻りのシャッターを降下すること及び喫煙については所定の場所を定め予め水の入つた大きな容器を用意すること等がなり具体的な注意を与えており、前記会合の席上これを繰返しのべている。前記河島及び福山も右会合に出席していたので右注意は心得ていた。

(五)  被告の保安員は昭和三三年頃から同三九年頃までは三〇名以上(もつともいわゆる店内係も若千名含まれていた。)であつた。その頃賃借人の夜間工事全部に保安員が立会い、その立会いは工事現場に保安員が常駐するという密度の高いものであつた。しかし、昭和四〇年頃から保安員は漸減した。そして、被告は賃借人の工事に事実上立会う必要がないと考えるようになり、同四二年頃から保安員は賃借人の工事には立会わないことが多くなつた。しかし、それは原告らと合意したものではなく、したがつて保安管理契約を変更するものではなかつた。そして保安員が減少するにつれて保安員は被告の工事にも立会うことが少くなつた。被告は当初保安員三〇名以上を確保し夜間少くとも八名を宿直させることを約していたが昭和四五年頃には保安員は一二名に減少し、昭和四六年から一四名となつた。

右保安員のうち二名は昼間勤務者である。この二名を除いた者を二班に分ち一班六名が二四時間の交替勤務をしていた。

(六)(1)  昭和四七年五月一三日(本件火災当日)は保安係長外山俊一ほか三名(森定市主任、菊池静雄・山本博次各保安員)が当直勤務をしていた。

(2)  山本保安員は出入口の受付を担当し、出入者のチエックに当つていた。電気工事人四名(神崎、大賀、新谷、福山篤)は午前九時頃入店し、福山勝は午後二時頃、河島は同三時頃入店し、河島及び福山勝は午後五時半夕食のため一旦退店した。河島と福山は夕食時にビール大ジョッキ二杯宛を飲酒した。福山は午後九時前頃一般の客出入口から工事現場へ戻り、河島は午後一〇時前頃保安受付の出入口から再び入店した。河島の再入店時の酒気量は不明であり、山本保安員は河島の酒気には気がつかなかつた。普段から出入口のチェックは厳しいものではなかつた。

(3)  保安員森と菊池は同日午後九時一五分頃から同一〇時半頃まで同道して絞り出し巡回をした。絞り出し巡回というのは閉店後残留者を店外へ出し、保安上の巡回をすることであるが、右巡回をした頃六階では大林組がボーリング場の工事をしていた。右保安員二名は六階から階段廻りシャッター等を閉鎖し、順次降りて来ながら巡回した。その際五階のエスカレーターのカバーシャッターは閉鎖してあり、四階のそれは開放されていた。四階にニチイの店員一、二名がいた。午後九時半頃四階A階段から三階のニチイ売場に至り、森保安員は同売場の南側を、菊地保安員は同北側を巡回した。三階E階段のシャッターは開放されていた。

三階は衣料品売場であつて、多量の衣料品―これが比較的燃え易いものであることはいうまでもない―が置かれていた。そしてニチイ子供肌着売場ではニチイの店員中村昇一ほか一名が商品の整理をしており、同階西南附近では福山ら工事人四人が電気工事をしていた。その工事は火気を使用しないパイプ曲げの作業である。保安員は工事人に対し工事届が出ているかどうかを尋ねた程度に過ぎなかつた。火気に対する注意を喚起したこは定かでない。

しかし工事監督者の河島はそこにいなかつたし、ニチイの工事立会人は配置されていなかつた。なお、工事人らは喫煙用の水入りバケツを四階には準備したが、三階にはその用意をしていなかつたにもかかわらず河島及び福山ら工事人は三階の工事現場で喫煙したことがあつた。

(七)  出火推定時刻は午後一〇時二七分であるところ、同三〇分頃工事人(新谷及び福山勝)らが出火を発見した。発見時焔の高さ七〇センチメートル位、巾四〇センチメートル位であつた。出火地点と発見地点との距離は約三〇メートルあり、三階東側半分(出火地点附近)は消打されていた。工事人らは消火を第一と考えて消火器及び消火栓を探した。

河島は西側中央附近の階段にある火災報知機のボタンを押し火災をしらせた。それは同三四分頃であつた。福山らは消火すべく、消火器をもつてエスカレーターの東側附近まで接近したが猛煙のため以上火元に近づくことはできなかつた。

保安員森及び菊地は火元を確認すべく一階保定室から三階へかけつけた。そのとき既に火勢に拡大し、煙の廻りが早く、消火のためにエスカレーター附近までやつと近づきえたものの、火元へ近づくことは到底できなかつた。三階にいた工事人らとともに避難することが精一杯であつた。その為消防活動及び防火区画シャッターを閉鎖しうる状況にはなかつた。

三階にはその中央部二か所にエスカレーターがあり、二階及び四階へ通じているところ、エスカレーターのカバーシャッターがなかつたため、該エスカレーター部分から二階及び四階へと延焼した。店内各階に設備されていた防火区画シャッターは閉店後も常時開放の状態のままであり、店内には大量の衣料品、しかも化学繊維製品という可燃物があつたため急速に延焼し、多量の有毒ガスが噴出した。

(八)  被告は防火管理規定を設け、従業員の防火教育及び消防訓練について規定すると同時に該管理規定は千日ビルに出入する諸(工事)業者にも適用することとしていた。しかし被告が出入りの業者に対し防火教育、消防訓練を実施したことはない。福山ら工事人は三階の消火器、消火栓の所在、使用方法について教育、訓練はうけていなかつた。そのため同人らは本件火災発見後消火器を探すのに手間どり、消火栓は全く使用できなかつた。

(九)  原告株式会社エスタジアは他の賃借人の店内工事の後の工事関係者の不始末により同原告らの備品などについて紛失・焦付などの損害を受けたことがあるので被告に対し、再三、防火、防犯等の保安対策について被告に申入をした外、松和会においても、保安対策の強化を申し入れたりしていた。

3  以上の事実関係から原告らが主張する債務不履行の態様について検討する。

(一)  (工事届書について)ニチイが店内改築工事のため行つた電気工事につき該工事の届書が提出されていなかつたという点については、右届書を提出させる趣旨は当該工事に対する事前の許可があつたことを手続上明確にするにあり、同時に被告が当該工事に対する保安管理上の対策に資するためであるからニチイから電気工事の届書が出されていないという形式的な手続違反があつても、前記のとおり右工事について入店願い書と称する書面が提出されている以上これが本件火災との間に直ちに因果関係があるということはできない。

因みに前記のとおりニチイの店内改装工事については被告は既に昭和四七年三月頃事前の許可を与えており、右工事施行の一業者である株式会社大村電気商会からは入店願いと題する書面が提出されているから、被告はこれに基づき保安上のチェックをする目的を一応達することができるから、このような場合においても被告は賃借人に対する関係で該工事を中止させるべき債務を負うているとまで断ずることはできない。

(二)  (工事人の出入店のチェックについて)工事関係者の入店のチェックを怠つたという点については、出入口の受付を担当する保安員が普段夜間の出入者について特に理由をきく等していないことから夜間の出入口のチェックの甘さが窺われるけれども、本件火災当日河島が泥酔その他によつて特に入店を拒否されるべき状況にあつた者と認めるべき資料はないから出入口のチエツクの甘さが直接に本件火災に因果があるということはできない。(閉店前に一般客の出入口から出入りした福山勝については特に問題はない)

(三)  (夜間の工事の立会、監督について)

(1) 被告は原告らとの間の保安管理契約に基づき、保安員をして工事に立会させ、保安上工事人を監督すべき義務がある。右義務は単に巡回時に注意すれば足るという程度のものではなく、防火防犯の目的達しうる程度の常駐立会義務であり、しかもかかる保安員の立会義務の内容は具体的事情に応じて適切な対策を講ずべき各種の内容を含んでいることは前記二7のとおりである。

しかるに被告は本件火災当日、ニチイの電気工事に保安員を立会させていないことは、前記認定に照らし明らかである。

もし右保安員が防犯防火の目的をもつての立会をしていたならば保安員は工事人が工事中に喫煙の設備のない三階―とくに燃え易い衣料品売場であるから特に注意を払つておれば喫煙することを防止し、更には工事関係者が工事作業部分と関係のないところを用もないのに排徊するのを禁じ又はこれに対応する措置をとることができ、したがつて三階の工事関係者が工事中に(工事と関係ない箇所と思われる箇所から)タバコの火の不始末から起した本件火災を十分防止しえたはずである。(のみならず保安員が周囲の異変の有無に注意して立会つておれば本件においては少くとも工事人が発見するより早い時間に本件火災の出火を発見することができ、しかも周囲の消火栓消火器等の配備に十分な知識を有している保安員としてはより小さな火災の間に有効適切な初期の消火活動も直ちにできたことの可能性は相当大きく、大きな惨事を斉らせないですんだ蓋然性の濃いことは保安員の前記注意義務の内容からみて推認できる。)

(2) 被告は賃借人が施行する工事の立会は一般に賃借部分の善管義務から当該工事を行う賃借人が立会すべきであると主張する。

しかし当該工事を行う賃借人の立会は当然に被告又は他の賃借人に対する義務(債務)の履行としてであると認めるべき証拠は本件ではない。それは被告又は(特に)他の賃借人と当該工事を行う賃借人との間に特約があれば格別、そうでなければ当該工事を行う賃借人の立会は主眼はむしろ工事が計画通り施行されているかどうかを確認するための立会にすぎず、(勿論かかる立会もある程度防犯防火に役立に役立つこともあろうが、少くともこれを主眼とするものとまでいえまい)自己の利益のために立会するところのいわば任意的性質のものにほかならない。工事を行う賃借人は被告との関係において賃借部分の善管注意義務から該工事に立会うべき義務があるとしても、それは他の賃借人に対する義務ではない。

(3) そこで特約関係についてみるに、ニチイと被告との間の保安管理契約についてみるに、<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

ニチイと被告間の保安管理契約は原告らと被告間の保安管理契約と原則的には同一である。しかしニチイは一賃借人として特別な地位にあり、しかも賃借面積も、他の賃借人に比し、比べものにならない程巨大である。ニチイは昭和四二年に三、四階を賃借した頃、通常午後一一時頃まで残業があつた。そこでニチイと被告間においては午後一一時頃までニチイの保安員(又は男子職員)が三、四階の保安業務を担当し、ニチイは退店時に三、四階の階段廻りシャッターを降し、かつ四、五階のエスカレーターカバーシャッターをしめ電源を抜き、完全に絞り出しを行い、店員通路を施錠して被告の保安員に引継ぐこと及び被告の保安員が行う深夜巡回の目的は火災予防のみとする旨の特約をした。

そしてニチイは独自に自衛消防を組織し、消防訓練を実施していた。それは巨大な面積の賃借人であつて、資力その他において特別な地位にあるからこそできることであつた。ニチイは冷暖房強化工事(昭和四五年四月三〇日)に際しては被告及び他の店内業者に生じた損害をニチイが補填すべきことを特約したこともあつた。

しかし本件火災当日、ニチイの店内改装工事に係らず、ニチイの保安員の配置はなかつた。三階の工事現場に暫時残業していたニチイの従業員中村昇一及び田中哲は自分の担当の売場業務の関係で残業したにすぎず工事立会の目的はなく、又ニチイの保安員は全く工事に立会つていない。しかもニチイの残業者は当日午後一〇時頃には全員退店しており、三階には工事人だけが残つていた。三階E階段廻りのシャッターは開放されたままであり、ニチイから被告に対する引継ぎは全くなかつた。そしてニチイは工事の立会い及び工事人に対する保安上の監督は工事請負人の現場監督者である河島の監督があれば十分であるとしてこれに委せていた。しかし河島自身に対しニチイがどのような監督をしていたかは定かでない。

右事実によれば、ニチイに責任があるかどうかはしばらくおき、少くともニチイは保安員の配置を怠り、退店時における被告に対する引継ぎを怠る等被告との間の特約に基づく保安業務の遂行に落ち度があつたものと認めるのが相当である。

右事実によれば、ニイチに責任があるかどうかはしばらくおき、少くともニイチは保安員の配置を怠り、退店時における被告に対する引継ぎを怠る等被告との間の特約に基づく保安業務の遂行に落ち度があつたものと認めるのが相当である。

(4) しかし被告とニチイとの間に右特約があること及びニチイに右特約違反があることから当然に被告の債務不履行の責任が否定されるものではない。被告がニチイに三、四階の保安管理をさせていることは原告らに対する保安管理契約の債務(義務)の履行につき履行代行者を選任したことにほかならない。

すなわち一階から三階までのエスカレーターにはカバーシャッターの設備がないから各階を完全に遮断隔離することはできない状況にあり、原告株式会社マルハン、同尾島孝、同株式会社ナニワ帽子商会は三階の一部を店舗部分として賃借していたからニチイが原告らと無関係に三階を独占的に管理占有しているとはいいえないところ、保安管理の債務の履行については性質上必ずしも契約当事者本人(被告又はその社員)自ら直接当ることを要せずこれと同一の立場に立ちうる他人について同人を使用することが許されないわけではなく、しかも弁論の全趣旨によれば警備業者その他然るべき他人を使用することについて賃借人たる原告らにおいてもこれを承認していた事例も存する(例えば千日デパート管理株式会社はその一例)経緯から鑑みると被告は、ニチイとの特約に基づき保安業務を行うべき者としてニチイを被告の履行代行者に選任したものであり右のようなニチイの選任はそれ自体原告らに対する関係で債務不履行になるものではなく、問題はむしろ、ニチイが履行代行者としての責任を果したか、又被告がこの点についてどのような指揮監督をしていたかということである。

(5) ところでニチイは前記のとおり当該電気工事につき自らの工事立会者を配置していないのであり、被告はこのことにつきニチイになんらの監督指導をしていない。ニチイが被告との特約に基づき、なすべき工事の立会いをしなかつたのは右特約に工事の立会いが明示されていなかつたとはいえ、大村電気商会の現場監督者である河島に当該工事の監督があれば十分であると考え、同人にこれを一任していたからであろう。しかし工事施行業者に工事の立会監督を一任するようなことは原告らとの保安管理上の債務の履行について許容されている限度内と解することはできない。けだし、工事注文者(本件では賃借人たるニチイ)と工事請負(施行業)者とは当該請負工事の完成施行について本来利害対立する関係にあり保安上いわば監視し、監視される関係にある(のみならず工事請負業者が下請業者の工事施行について立会監督するのは本来工事内容の進行、完成について主な関心を払うからであつて保安のためではないのが一般である)から保安管理債務の履行につき当事者又はこれに準ずる者として立会人たることが許容されている範囲内にあるということはできないからである。

してみると夜間の工事立会債務(義務)の履行につき右河島をニチイの、したがつてまた被告の適法な履行代行者とみることはできない。右河島は履行補助者にすぎず、その不始末は被告の不始末である。結局被告はニチイに対する指導監督を怠り、適切な工事立会者をおかなかつたことに帰するというべきである。(かりに、ニチイが被告の履行補助者に該当するとしても、ニチイが履行補助者としての責任をつくしていないことは前記説示のところから明らかである)

(四)  (防火教育について)

(1) ビル内の工事人に対し消火器、消火栓の所在位置、その使用方法等について指導し、教育することは防火教育の万全を期するうえから必要なことがらであり、望ましいことではある。

しかしビル内の工事人に対し右指導教育がされたからといつて特段の事情(容易に消火しうるのにわざとこれを放置する等)がないのに当然に工事人が(失火防止義務は別として)火災に対し消化の義務を負うものと解することはできない。本件において被告が工事人に対し右指導教育をしなかつたことは防火管理上万全の措置に若干欠けるところがあつたといわねばならないが、しかし指導教育をつくしたとしてもそれは義務なき者の行為を期待するにすぎないから、本件火災を消火しえたと断ずることはできない。(工事人が本件火災を発見した前記の状態においては、工事人の消活動だけで容易に消化しうる状況にあつたものともいえない)したがつて右指導教育を欠いたことをもつて直ちに原告ら主張のような損害について独立の債務不履行に基づく責任があるということはできない。

(2) 保安員に対し消火器消火栓についてだけでなく防火区画シャッターの位置、その使用方法等について指導し、教育しておくことは保安員の消火活動に欠くことのできないことがらである。

本件においては右の消火設備があつたのにかかわらず使用されていないのであるからそのことだけからみれば保安員に対する消火教育、又は保安員の消火活動に落ち度があつたことを推測せしめるのである。

しかし、保安員が本件火災に気づき三階に到着したときには既に(火勢は拡大し保安員はようやくエスカレーター附近まで近づきえたものの煙の噴出が多く、そのためそれ以上火元に近づくことはできず、消火活動はおろか、人命の危険にかかる状況にあつたから)保安員により、本件火災に対し有効な消火・防火活動を期待することは不可能な状態にあつたこと前記認定したとおりであるから本件火災後の状態のもとにおいてかかる防火教育の不十分さをもつて原告主張のような損害について債務不履行に基づく責任があるということはできない。

(五)  (防火区画シャッターの閉鎖について)

F階段二階のシャッター一枚は故障により数年来開放されたままであり、地下一階O階段の防火シャッターは風防ガラスが同シャッターの降下ライン上にあつて閉鎖できない状況に放置されていたことは防火管理上の手落ちである。しかしこれは本件火災の延焼防止に直接因果関係があるという瑕疵と認めることはできない。

ところで、前記のとおり一階から三階までエスカレータにカバーシャッターの設備がなかつたから、階段廻りのシャッター及び鉄扉の閉鎖だけでは各階の店舗を遮断することはできない状況にあつた。したがつて各階の店舗を遮断してこそ原告らに対する保安管理義務の万全が期せられるのであるから被告は閉店時にはこれら区画シャッターを閉鎖しておくか、又は必要とあれば直ちに閉鎖しうる状態において、火災又は延焼等による被害を最少限に防止すべき義務があると認めるのが相当である。(そして前記のとおりシャッターの自重で降りるという方式であるから、防火区画シャッターとしての機能を完うさせるためには閉店時にはこれを閉鎖しておくか少くとも大半を閉鎖しておかなければシャッターの閉鎖に要する時間からみて当該階の火災に対応するものとしては役に立たなかつたといえよう)

そして右義務をつくしていたならば、工事人らが作業していた三階西南寄りの工事現場と同東寄りの出火地点との間には防火区画シャッターがおろされていることになり、そうすればそもそも工事人のタバコの火がこの防火区画シャッターをこえた地点で発火することはありえなかつたことになり、本件火災の発生という結果が回避されえたこと明らかである。

<証拠>によれば右防火区画シャッターを閉鎖しても工事は可能であつたと認められるが仮に工事の都合上三階の防火区画シャッターは工事中閉鎖することはできなかつたとしても、二階の防火区画シャッターを閉鎖しているか、大部分を閉鎖し直ちに残余の防火区画シャッターを閉鎖するようにしたならば二階の店舗の焼損はせいぜいエスカレーターをかこむ防火区画シャッター内にとどまつた筈である。(成立に争いのない乙第一九号証も右推認の妨げとならない)そしてエスカレーターのカバーシャッターが閉められていることに徴すれば、区画シャッターの閉鎖もそれほど努力・経費を要するものとは考えられない。

しかるに被告は階段廻りのシャッター及び鉄扉の閉鎖があれば足りると考え、一階から三階までの防火区画シャッターを閉店時に閉鎖しなかつたのである(のみならず防火対策として閉鎖等について検討すら加えていなかつたことは前記のとおりである)からこの点にも債務不履行を免れない。(前記特約に基づき三階の防火区画シャッターの閉鎖はニチイがすべきであつたとしてもこれをそのまま放置していた指揮監督の違反により被告は防火区画シャッターの閉鎖をしなかつた責を免れない。)

(六)  (保安員の人員について)

量と質は必ずしも一致するものではないが、保安員の数が多ければ、それだけ密度の高い保安管理業務が可能である。

昭和三〇年代には三〇名以上いた保安員を被告が本件火災当時一四名に半減させていたことは納入消化契約から賃貸借契約への転換があつたことを併せ考えても防火・防犯について格別の対策(例えば侵入者に対する警報装置の設置、又はスプリンクラーの各室乃至各階ごとの増設など)を講じた事情が認められない以上、保安管理の軽視であるということができる。けだし、右転換があつたことにより他人である賃借人の数及賃借人の商品は多くなることはあつても少くなることはなく、他人の物の管理は自己の物の管理より以上に善管注意義務が必要な筈であり、このことは保安上の管理においても異ならないのであつて、したがつて保安管理業務の減少を来すものではないからである。

ところで被告は夜間最低八名の保安員を確保すべきことを約していた。しかるに本件火災当夜、公休者の補充がなく、実働四名の保安員が当直していたにすぎなかつた。このことは工事の立会義務、防火区画シャッターの閉鎖等を完全に履行するには人員不足の感をいなめない。

しかし、八名の保安員が当直勤務していたとしても、工事の立会義務及び防火区画シャッターの閉鎖を履行していたとはいいえない。けだし、被告は賃借人の工事に保安員が立会う必要はない、ことに本件火災当日のニチイの電気工事は賃借人であるニチイが立会すべきもの、防火区画シャッターは閉店時に閉鎖する必要はない、火災時に閉鎖すれば足りる、と考えていたのであるから保安員が四名であつても八名であつても工事の立会及び防火区画シャッターの閉鎖を実行しなかつたであろうことには変りがなく、したがつて原告主張の人数の保安員を確保しなかつたことはそれだけで本件火災の予防及び防火との間に―広い意味ではその遠因をなしたとはいえても―直接に因果関係があるということはできない。

なお、保安員が本件火災を覚知し火災現場に到達した後は前記認定したところによれば既に火勢が拡大し、煙と有毒ガスの噴出により保安員に対し消防活動を期待しえない状況にあつたものと認められるから保安員の人員の多寡にかかわらず消火活動は不可能であり、したがつて保安員の不足と延焼との間に相当因果関係を認めることはできないというべきであろう。

4  次に被告の抗弁について判断する。

(一)  本件火災の経緯は前記三の1、2に記載したとおりである。よつて按ずるに千日ビル消防設備(消火器、消火栓、火災報知機等)は消防関係法令に規定されている基準以上に設置されていたのに、これが有効適切に使用されなかつたことは惜まれるところである。しかして、保安員森及び菊池が三階へかけつけたときには既に火勢は拡大し、有毒ガス、煙の廻りが早く、消火のため火元へ近づくことは到底できず、避難するのが精一杯であり、消火活動はできない状況にあつたから保安員が火災を覚知した後の被告の保安員の活動に多くを期待することはできなかつた。

したがつて、保安員が火災をしつた後のことだけに限つてみるならば被告にとつて結果を回避することは不可能であつたということができよう。

(二)  問題はその前にある。夜間の工事の立会、監督及び防火区画シャッターの閉鎖については前記三の3の(三)及び(五)に記載したとおりである。そして、本件火災の原因はニチイの店内工事の工事人のタバコの火の不始末にあり、その工事はニチイが大村電気商会に請負わせたものであるところ、被告はニチイの店内工事に関し要望書まで手渡してニチイ及び工事施行業者(河島・福山を含む)に保安上の注意事頃を与え、保安管理についてかなりの注意をしている。

しかし被告の保安上の右管理は自己の建物等を管理するための自己のためにする管理の域をいです、原告ら賃借人らの他人のために契約上の義務に基づいてする管理ではなかつた。かくして被告は賃借人の工事に立会う必要はなく、各階店舗を遮断すべき防火区画シャッターを有効な対策を講じないまま閉店時に閉鎖する必要はないと考えたのである。

被告が右工事立会義務をつくし、防火区画シャッターを閉店時に全て又は大半を閉鎖していたならば本件火災の発生又はその拡大を防止しえたであろうこと明らかであるから本件火災による損害が被告の責に帰すべからざる事由に基づくものであるとの抗弁は結局採用できない。

5  これを要するに、千日ビルについて被告も、防火対策上、昼間については自衛消防隊を組織し消防法規以上の消火設備を設け、夜間についても保安員を巡視させ、点検カードの記入を履行させ、又本件火災の原因となつた店内改装工事についても、工事関係人に一般的な注意を指示した外、煙草の火について具体的提案して防火上注意を払つてはいるが、全般的にみると(二、三のボヤは別として)問題となるべきような火災事故が発生しなかつたためか、本件火災に対し直接的な原因関係とはならなかつたものの、形式的な工事届の欠缺、出入口のチエックの甘さ、シャッターの故障の放置、工事業者に対する防火指導の欠缺、保安員の人員の確保の懈怠等個々それ自体は本件火災の帰責理由にはならないとしても全般的に保安対策に弛みが窺われるところ、これら保安管理を軽視する姿勢弛みの集積が結果的には工事の立会義務違反及び防火区画シャッターの閉鎖義務違反の原因になつたものである。

経費節減等の合理化は経済社会において大切なことであるがその合理化は保安管理を忘れてはならない。保安管理の経費は、通常の状態においてはいわば無駄金ともいえるものであつて、他に有益な支出に使用できるかのような錯覚を与え、もつとも容易に削減し易い部門に見える。しかし、そうではない。合理化は保安管理を充実する対策を考えたうえで保安管理の悪化を招くものではなく、その強化を齎らす方策を講じたうえで、始めて人件費等の削除を図るべきであろう。災害は思わない時期に大きな被害を齎らす。被告はこの点に思いをいたして、保安管理契約に基づき、その債務の本旨に従つた履行すべきに拘らず、前記のようにこれをしたということはできず、本件火災事故が被告の責に帰すべからざる事由によるものであるということは到底できない。

四よつて、原告らの本訴請求は本件火災による損害賠償の責任原因が被告の保安管理契約上の責務不履行にある点において理由があるからこの点についてまず判決することとし、民事訴訟法一八四条を適用して主文のとおり中間判決する。

(奈良次郎 惣脇春雄 山崎克之)

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